静寂とダイナミズム、スピリチュアリティと実験性 ノア・ハワード Noah Howard / At Judson Hall (1967)
ノア・ハワード - アット・ジャドソン・ホール
- Genre:ジャズ
- Style:フリー・ジャズ
- Recording:1966
- Release:1967
- Label:ESP Disk
- Noah Howard, Ric Colbeck, Catherine Norris, Dave Burrell, Norris Jones, Robert Kapp
ノア・ハワードのデビュー2作目である「At Judson Hall」は、フリージャズの世界で深みのある音楽を提示しています。1967年のESP Diskからのリリースは、当時のフリージャズシーンにおいて注目され、その独創的なアプローチが称賛されました。
アルバム全体を通して、ノア・ハワードは枯淡に到達し、情熱と静けさ、エネルギーと瞑想のバランスを見事に保っています。彼の音楽は深い感銘を与え、2作目にしてこのような成熟した作品を生み出したことで、フリージャズ界において重要な存在として認識されました。
美しいフリージャズ感があふれる「This Place Called Earth」は、フリージャズのエッセンスが凝縮された作品です。即興演奏が中心となり、各ミュージシャンが自由に自己表現を追求しています。サウンドはやがてくる嵐の前の静けさのような抑制の効いたチェロとベースとサックスの対話から始まり、ピアノの美しい和音が展開を導きます。そして次第にダイナミックかつ激しく、時に混沌とした次元へと飛翔していきます。聴き取れる音楽的印象の奥底には有機的なまとまりと調和が宿っているのです。
自在の即興ソロを紡ぎ出すのが、リーダーのノア・ハワードです。彼のアルトサックスから吐き出される音色は、抑制と瞑想、また強烈なエネルギーと情熱に溢れています。自由奔放な即興ソロの裏側には、内省的で深みのある精神性が潜んでいるのです。ハワード自身の音楽性が存分に発揮されています。
ユニークなラインでこのフリージャズの軌跡に深みを与えているのが、Catherine Norrisのチェロです。チェロの持つ豊かで重厚な音色は、楽曲に時に叙情的、時にドラマチックな雰囲気をもたらします。Norrisの自在なフレーズは、フリージャズのサウンドに新たな次元の魅力を加えています。
さらにDave Burrellのピアノが、複雑なリズムと大胆な和音使いで楽曲に多層性と調和を与えています。自由な即興演奏を展開しつつ、テンションのコントロールとハーモニーの維持を見事に両立させています。繊細できらめくピアノフレーズが、このフリージャズの空間に詩的で気品のある美しさをもたらしているのです。
このリズムセクションの根幹を支えているのが、ベーシストのNorris Jonesの存在です。力強くグルーヴィングしたベースラインが、楽曲全体の骨格を形作っています。しかし単に基盤を支えるだけでなく、時折ソロで前面に出ることで、楽曲に変化と刺激を与えます。深みのあるグルーヴと臨機応変な即興力が、Norris Jonesの魅力です。
そしてRobert Kappのドラムが、自由奔放なリズムとダイナミックな演奏で、この作品全体のエネルギーレベルをコントロールしています。コントロールと解放を自在に行き来しながら、フリージャズのサウンドスケープを力強く支えています。
ハワードとコールアンドレスポンスのやりとりを繰り広げるのが、Ric Colbeckのトランペットです。鋭くきらびやかなトーンで、楽曲に刺激的なダイナミズムを注ぎ込みます。彼のソロには華やかさがありながらも、内省的な一面も見せます。自在な即興テクニックと、余韻が心に残る叙情的なフレーズが交錯する独特の表現力があります。
総じて「This Place Called Earth」は、フリージャズの本質的な魅力、即興性、実験性、スピリチュアリティを余すところなく体現した作品と言えるでしょう。各パフォーマーの卓越した技術と深い相互理解があってこそ、このようなダイナミックかつ調和のとれた演奏が実現できたのです。ジャズの新たな地平を切り拓いた、重要かつ傑作的な一枚になったと評価できます。
この冒頭部分に続いて、「Homage To Coltrane」は静かな弦楽器の導入部から始まります。 「Homage To Coltrane」は、ノア・ハワードのアルバムB面に収録されている作品で、タイトル通りジョン・コルトレーンへの敬意を表した楽曲です。この曲は、静かな弦楽器の導入部から始まり、ミニマルで美しい中盤、そして後半のフリージャズへと展開されていく独特の構成になっています。
冒頭の序章では、Catherine NorrisのチェロとNorris Jonesのベースが、それぞれ弓を使った深く豊かな音色で静謐な雰囲気を醸し出します。この部分はまるで瞑想の時間のようで、聴く者をスピリチュアルな世界に誘います。弦楽器の持つ余韻の長い音色が、コルトレーンの音楽に宿っていた精神性を想起させます。
Norrisのチェロは落ち着いたトーンで始まりますが、次第に強弱や音程の変化を含むフレーズに移行し、静寂の中に緊張感を生み出しています。一方でNorris Jonesのベースは、チェロと対話を交わしながらも、低音域での存在感のある響きを維持し続けます。二者の絶妙な掛け合いが、聴く者の内面に深い瞑想的な空間を生み出すのです。
そして序章が終わると、ダイナミックな演奏が始まります。ノア・ハワードのアルトサックスがリードを執り、情熱的なフレーズを次々に吐き出していきます。彼の演奏はコルトレーンへの敬意を表しつつ、自らの個性的なスタイルが強く現れています。ここにリズムセクションのピアノ、ドラム、ベースが加わり、躍動感のあるプレイが展開されていきます。
ピアニストのBurrellはシンプルで美しいフレーズを繰り返し、全体に静けさをもたらすのです。フリージャズのエネルギッシュな展開の中に、このようなミニマルな部分が存在することで、楽曲全体に調和がもたらされているのがわかります。その後、複雑なリズムパターンと大胆な和音選択で、楽曲に多層的な音の重なりを生み出していきます。
また、ドラムスのKappはエイトビートのシンプルなリズムを刻みつつ、自由度を最大限活かした予測不可能なリズムチェンジやブレイクダウンで、演奏に活力を与えています。フリージャズの即興性とスピリチュアリティを体現する演奏と言えるでしょう。
一方で、ベーシストのNorris Jonesは力強いグルーヴィングなベースラインを展開し、楽曲の基盤を形作る重要な役割を果たしています。
そして、ハワードのアルトサックスが、無定形の演奏を聴かせます。彼の渾身のブロウは、力強さとリリカルさを併せ持ち、フリージャズのエネルギーをさらに高めています。彼と他のミュージシャンに掛け合いが、この曲のクライマックスになっていると言えるでしょう。
こうして、静かな弦楽器の序章から一転して、高度に発達した即興演奏が展開されていくのですが、この曲の特徴はそこにあるのみならず、両者をうまく融合させている点にあります。スピリチュアリティに溢れた静寂の時間と、その延長線上にあるエネルギッシュなフリープレイの時間が、絶妙なバランスを保って全体を構成しているのです。ジョン・コルトレーンが残した遺産を敬しつつ、さらに新しい音楽的領域に踏み込もうという精神が、見事に表現されているといえるでしょう。
ノア・ハワードとそのバンドメンバーは、即興演奏における卓越した技術と対話能力を発揮するとともに、静寂とダイナミズム、スピリチュアリティと実験性を巧みに融合させています。 1967年に発表されたこの偉大なるアルバムは、当時のフリージャズシーンにおける極めて重要な位置を占める作品であり、今なお時代を超えて多くの人々に愛され続けている所以がここにあります。