ジャズの名盤・名作をご紹介

ジャズの名盤探検隊

無限の可能性を孕むネオソウルの実験魂 ハイエイタス・カイヨーテ Hiatus Kaiyote / Mood Valiant (2021) の音楽性

Hiatus Kaiyote / Mood Valiant

ハイエイタス・カイヨーテ / ムード・ヴァリアント

Genre:ソウル
Style:ネオ・ソウル
Recording:2021
Release:2021
Label:Brainfeeder
Nai Palm, Paul Bender, Simon Mavin, Barra Brown, Benny Sings, Brandon Coleman, Mitchell Cashmore

ハイエイタス・カイヨーテの魅力は、ネオソウル/フューチャーソウルという土壌から生まれながらも、常に新しい音楽性の可能性を追求し続けている点にあります。そしてこのアルバム「Mood Valiant」においては、彼らがこれまでに培ってきた様々な実験性と高い完成度が最も体現された作品となっています。

まずこのアルバムの根幹をなすのが、緻密に計算されたポリリズムから生み出されるグルーヴ感です。オルタード・ソウルやJディラなどの影響を色濃く受けつつ、更にそれをアップデートし独自のユニークなリズムパターンを構築しています。ドラムとベースによって奏でられるタイトでプログレッシブなリズムに乗って、ナイ・パームのソウルフルな歌声とキーボードが疾走していきます。

そしてそのリズムの上に重ねられるのが、R&Bの伝統的なコード進行を土台としつつ、ジャズやロック、時にはエレクトロニカへと自在に飛躍を遂げる旋律美です。ミュージシャンシップの高さが伺える緻密な編曲と自由なアドリブとを見事に共存させており、単に既存の枠に収まらないだけでなく、何かしら新しい可能性を孕んでいる印象を受けます。

さらに彼らのもう一つの大きな魅力がサウンドメイキングにあります。アナログシンセの温かみとデジタル音源の冷徹さを掛け合わせることで、重層的でありながらもクリアーな質感を作り出しています。タイトなドラムのアタックに乗ってナイ・パームのパワフルでソウルフルな歌声が躍動するその豊かな表現力は実に心地よく、同時に骨太な重厚感もあり高いレベルで両立させています。

ナイ・パームの歌声自体も、このバンドの大きな武器となっています。テクニカルな歌唱力に長けつつ、自身の内面を曖昧さなく投影するその歌唱スタイルには、聴く者をいつの間にか物語の世界に引き込んでしまう力があります。歌詞の一語一語にも想いが籠められており、ストーリー性の強さも際立ちます。

全体を通して、ハイエイタス・カイヨーテの本作「Mood Valiant」が放つのは、先人たちから学びつつ、既存の概念に留まらない新しい音楽表現を追求し続ける情熱そのものです。ネオソウル/フューチャーソウルの伝統を大切にしながらも、常にその先に進もうとする実験性と高い完成度が見事に融合した、まさに傑作というべき一枚なのです。このアルバムからは、ハイエイタス・カイヨーテの無限の可能性を垣間見ることができるでしょう。

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ジャズやブラジル音楽が好きです。ふーん、これはジャズなのか、という名盤から、うん、これはジャズじゃないね、という名盤まで。ご意見・ご感想などがあればX(旧Twitter)まで。@elenco

ブルーノ・メジャー Bruno Major - To Let A Good Thing Die (2020)

Bruno Major - To Let A Good Thing Die

ブルーノ・メジャー|トゥ・レット・ア・グッド・シング・トゥ・ダイ

Genre:ロック、ソウル
Style:SSW、ネオ・ソウル
Recording:2019
Release:2020
Label:July Records

UKのシンガー・ソングライター、ブルーノ・メジャーの2ndアルバムが届きました。トム・ミッシュや FKJ らのアーティスト同様、ストリーミングを通じて多くのリスナーを獲得し、デビューに至ったブルーノ・メジャー。まさに新世代型のミュージシャン。

実は当時、アメリカの某メジャー・レーベルとレコード契約をしていたんだけど、作品を出す前に結局切られちゃってね。曲だけが手元に残ったから、だったら自分でリリースしようと思い立ったんだ。出来はいいと自負してたし、世に出す価値のあるものだと思っていたからね。

基本的には DIY のアルバムで、アパートの部屋にマイク1本立てて録って。それをインターネットにアップする形で自主リリースしたら、うまくいって、結果的には世界中をツアーして回れるまでになった。だからあのアルバムは自分にとってものすごく大きなもの。曲に誇りを持っているし、自分ひとりであれを作れたということにも誇りを持っている。「A Song For Every Moon」によって僕の人生はすっかり変わったんだ。

卓越したソングライティング、親しみやすいメロディと甘いウィスパー・ボイス、それらを底上げするスタジオ・プロダクションが、今作を20年代型フォーキー・ソウルへと昇華させています。また、往年のミュージカル映画のサウンドトラックを想起させる仕上がりとなっていて、若い世代だけでなく幅広いファン層に受け入れられる音楽性です。今年のフジ・ロックに出演が決まっていたのですが、延期となって日本のファンにとっては残念ですね。

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ホブソン・ジョルジ & リンコン・オリヴェッチ Robson Jorge & Lincoln Olivetti - s/t (1982)

Robson Jorge & Lincoln Olivetti - s/t

ホブソン・ジョルジ & リンコン・オリヴェッチ

Genre:ブラジル
Style:ソウル、ディスコ、AOR
Release:1982
Label:Som Livre
Robson Jorge, Lincoln Olivetti, Oberdan (as), Reginaldo (vo), Ronaldo (vo), Tony Bizarro (vo), Leo Gandelman (bs), Jamil (b), Paulo Cezar (b), Peninha (per), Mamao (ds), Paulinho Braga (ds), Picolé (ds), Ariovaldo (per, ds), Renato Britto (per), Zé Carlos (ts. vo), Serginho (tb, vo), Bidinho (tp), Marcio Montarroyos (tp)

数々のブラジリアン・アーティストのアレンジやソングライティングを手がけたプロデューサー・チーム、ホブソン・ジョルジ & リンコン・オリヴェッチ。そのコンビが82年にリリースした、アーバンでメロウに洗練された80'sブラジリアン・ブギー、AORが詰まったナイス・アルバムがこれ。全音楽ファンにチェックしてほしい最高の一枚!

とにかくアーバン!メロウ!ホーン・アレンジが気持ちいいトラック 1「Jorgea Corisco」はソロで盛り上がること間違いなし。ブラジリアン・ブギーのトラック 3「Alelula」のハレルヤ・コーラスはアルバム・ハイライトの一つ。トラック 4「Raton」とトラック 9「Zé Piolho」はMPB色、アフロ・ブラジル色が垣間見える小曲。トラック 5「Pret-a-Porter」はアーバンのお手本のような曲。トラック 6「Squash」の変拍子使いとパラララ・コーラスでまたハイライトです。ここまでアップ・テンポ気味だったのがメロウなトラック 7「Eva」でクール・ダウン。スペーシーなディスコのトラック 11「Ginga」もたまりません。

チン・マイア「Disco Club」でも触れましたが、リンコン・オリヴェッチはその長いキャリアの中で、ブラジルを代表する編曲者として、様々な偉大なるアーティストとの共演経験があります。

指揮者、編曲者、プロデューサー、作曲家、鍵盤奏者としてブラジルのディスコ~ポピュラー・ミュージックを支えた故リンコン・オリヴェッチ Lincoln Olivetti が全面的にバックアップ。チンのアイディアを受け止めつつ、自由に音楽的アイディアを加味して、よりチン・マイアのソウル・ミュージックを強烈なサウンドに作り上げた初めてのアレンジャーがリンコンでした。

その顔ぶれはチン・マイア Tim Maiaを筆頭に、マルコス・ヴァーリ Marcos Valle、ジョルジ・ベン Jorge Ben、ジルベルト・ジル Gileberto Gil、ガル・コスタ Gal Costa、リタ・リー Rita Lee、ロベルト・カルロス Roberto Carlos、カエターノ・ヴェローゾ Caetano Veloso、マリア・ベターニア Maria Bethânia、ルル・サントス Lulu Santos …挙げればその凄みがますます伝わってくるほど。ブラジル音楽の深層・真相に食い込んでいたのは確かです。

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ジェイムズ・ウォルシュ・ジプシー・バンド James Walsh Gypsy Band - I've Got The Feelin' (1979)

James Walsh Gypsy Band - I've Got The Feelin'

ジェイムズ・ウォルシュ・ジプシー・バンド|アイヴ・ガット・ザ・フィーリン

Genre:ソウル、AOR
Style:ブルー・アイド・ソウル、 ライト・メロウ
Release:1979
Label:自主制作
Stephen Doc Kupka (bs), David Hood (b), Scott Fronsoe (b, vo), Roger Hawkins (ds), Jimmy Johnson (g), Barry Beckett (key), James Walsh (vo, key), Ernie LaViolette (per, ds), Emilio Castillo (ts), Todd Hansen (tb, vo), Greg Adams (tp, fh), Richard Jorgensen (tp, fh, vo), Deone Johnson (tp, fh, vo), Jim Behringer (vo, g)

エヴァーグリーン。海沿いを車でドライブしながら聴いたら、ジェケットのように青い空が広がっていて、一緒に口ずさんじゃんだろうな。車持ってないけれど。歌いながら目をつぶってジーンとしっちゃったり。コーラスは風のように流れてきて。

冒頭のタイトル・トラック「I've Got The Feelin'」でノック・アウト!「It's Over Now」からドゥービー風の「Where Do We Get Off」で気分は最高!バラードもイカしてて「Alabama Eyes」でしっとり気分。

ミネソタ出身、西カリフォルニアで活動していたプログ・ロック・バンド Underbeats (62–68) の鍵盤奏者…ジェームズ・ウォルシュのキャリアはそこからスタートしました。

69年にはバンド名を Gipsy に改め(プログレ・ファンにはお馴染みのバンド)、70年から4枚のアルバムをリリースしますが、73年にはメンバーの一人が Sly & The Family Stone に移籍し、バンドは空中分解。そこでこの記事の主人公ウォルシュは、同郷ミネアポリスのバンド Free & Easy と合流、James Walsh Gipsy Band を結成します。そして78年、満を持してRCAからリリースしたデビュー・アルバムは堂々のセルフ・タイトルド・アルバム「James Walsh Gipsy Band」。このデビュー作は全米71位まで上るマイナー・ヒットになりました。

さて、前置きが長々となりましたが、今回紹介する「I've Got The Feelin'」はその James Walsh Gipsy Band の2作目で、サザン・ソウルの名門スタジオ Muscle Shoals マッスル・ショールズで79年に録音されるもお蔵入りとなった幻のアルバム。お蔵入りとされた後は、00年くらいからオフィシャル・サイトで少数CD-Rで流通されたのみでした…16年にきちんとリイシューされるまで。今では誰もがこの傑作に触れることができるようになっています。

プロデュースはジェイムズ本人とマッスル・ショールズのバリー・ベケット Barry Beckett、ジミー・ジョンソン Jimmy Johnson。脇をマッスル・ショールズのセッション・ミュージシャンが固め、タワー・オブ・パワー Tower of Power のホーン・セクションや、ビージーズ Bee Gees のストリングス隊が参加しています。

スティーリー・ダン Steely Dan 「Caves of Altimira アルタミラの洞窟の警告」、ビル・ラバウンティ Bill LaBounty「Lie To Me」のカバーを収録。

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マーヴィン・ゲイ Marvin Gaye - You're The Man (2019)

Marvin Gaye - You're The Man

マーヴィン・ゲイ|ユアー・ザ・マン

Genre:ソウル
Style:ニュー・ソウル
Recording:1972
Release:2019
Label:Tamla, Motown, UMe

これが本当に全曲未発表曲で固められた正真正銘の幻の作品だったらもっと話題になったに違いない…そう思わずにいられないほどの楽曲のクオリティ。稀代の名盤「What's Going On」と「Trouble Man」を結ぶミッシング・リンクとして名高いけれど、このアルバムが1972年当時にどこまで構想されていたのか、制作が進行していたのかよく分からない。最終的には、2019年のマーヴィン・ゲイ80歳の誕生日にリリースされた本作は、悪く言ってしまえば既発曲のコンパイル版ということになってしまう。でもそれでいいのでしょうか、という一抹の疑念が、やはりこのクオリティからは喚起されてくることもまた真実です。その辺りの詳細は音楽ライターの方に譲るとしましょうか。

「What's Going On」のポリティカルな面、そして音楽性も受け継いだ冒頭「You're The Man」、トラック 2「The World Is Rated X」だけで名盤入り確実なのに、ダメ出しで「Where Are We Going?」までグッとハートを掴むわけです。

その「Where Are We Going?」、それとい「Woman of The World」はフレディー・ペレン Freddie Perren とフォンス・ミゼル Alphonso "Fonce" Mizell がプロデュースをしていて、ここがジャズ畑と絡んできます。フォンス・ミゼルは言わずとしれたラリー・ミゼル Larry Mizell とミゼル兄弟で Sky High Production で数々のジャズ・ファンク~レア・グルーヴの名作をプロデュースしたレアグル・ファンにはお馴染みの二人。ボビー・ハンフリー Bobbi Humphrey や、ジョニー・ハモンド Johnny Hammond、ゲイリー・バーツ Gary Bartz、そして御大ドナルド・バード Donald Byrd の電化ファンク期の屋台骨を支えた人物。

アルバム全体の統一感はいわゆるオリジナル・アルバムからは遠ざかってしまいますが、別にマニア向けでもなくて絶対に楽しめる好盤ですよ。

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